この日も帰路にて起こった奇怪な会合以外では特筆すべき出来事も起きず夜も更けていく。

もう、夕食も終わり、藤ねえや桜達も帰宅し家には俺だけ。

俺は風呂に入ると、土蔵に入る。

「・・・さてと・・・」

グローブを脱ぎ捨て、土蔵の中心で静かに瞑想に入る。

俺が行う修行の主な内容は魔力貯蔵量の増加に加え全魔術回路に対して行う回路強化鍛錬。

そして、強化・投影行使の速度上昇及び精度のアップ。

そして肉体的な鍛錬。

と、その時、おぞましい程の魔力を感じた。

「??・・・何だこの波動は・・・場所は・・・かなり遠い・・・少なくとも日本では無さそうだが・・・」

魔力の波動を辿って感知しようとするが判明出来たのは相当の遠距離である事と日本で無いと言う事・・・そしてこの莫大な魔力が発生したのは数時間前だと言う事だけ。

「まあ良い・・・少なくともこの『聖杯戦争』には関係しないだろうしな・・・それよりも・・・」

先程でかなり気が紛れてしまったが膨大な魔力が各地に現れている。

証拠は充分過ぎる。

着実にサーヴァントは召喚されている。

「おそらく・・・あと数日中・・・下手すれば明日位には『聖杯戦争』は開戦するな・・・」

自分でこう思うのもなんだが、その声は虚ろだった。

聖杯の書二『前兆』

時は戻る。

衛宮家で夕食を頂き帰宅した凛と桜は早速それぞれサーヴァント召喚準備に取り掛かる。

凛は地下室で、桜は屋根裏部屋において既に魔方陣を描き準備は万全に整っている。

それにしても・・・と凛は思う。

まさか妹とこうやって過ごすとは思わなかった。

元々、魔術師の家は一子相伝が基本で仮に兄弟ないし姉妹がいれば一人に教え、もう一人は魔術など教えず普通に育てるか、もしくは他の有力な魔術師の家系に養子に入るのが普通であった。

現に桜は間桐家から養子の話が既に出ていた。

これは間桐の長男の魔術回路が突如活性化し魔術師として優秀な才能を保有していた事が養子に入る一月前に判明した為、結局養子の話は無くなり桜は間桐桜でなく遠坂桜として日々を過ごす事になった。

だが、これにより普通に育つ筈であった桜の将来が激変したのは彼女達の父が原因によるものである。

と言うのも戯れに桜にも魔術を教えた所、凛に勝るとも劣らない魔術師の才能を認め、刻印こそ長女の凛に託したが、凛と桜、双方に魔術を教えていった。

その結果凛が稀有な素質である五大元素属性なのに対して、桜は虚無属性の影使いと言う類まれな才覚を発揮し父をして『どうしてこれだけ有望な才能が二人も出るのか』と嘆かせ、それと同時に戯れで桜に魔術を教えた自分自身を罵ったものだった。

"どうせなら知らない方が幸せだった"と言いながら。

それでも最後のあの日、父は凛に遠坂の事を教えてから最後に頭にその手を載せて一言言った。

『それと凛、桜の事は守ってやる様に。一応お前が姉さんなんだからな』

しかし、その父も今はいない。

十一年前に、第四回目の聖杯戦争においてマスターとして参加してそれ以来消息不明である。

おそらく力及ばず敗れ去ったのだろう。

そして今その生か死かのバトルロイヤルに自分と妹は参加する。

父が生きていたらどう思うのだろう?

そこまで思いが至り凛は首を横に振る。

今は召喚に集中しなければならない。

既に宝石を溶かした魔方陣は完成されている。

ここで失敗したら洒落にならないだろう。

大きく深呼吸して時計を確認する。

時間も良し、全て整った。

狙うはセイバー、七騎のサーヴァントの中でも能力のバランスが取れた最良のサーヴァント。

この『聖杯戦争』の勝者に最も近いとされるサーヴァント。

それを呼び出す為に凛は召喚を始める。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

静かに凛は朗々とした声で召喚の呪文を唱える。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

「―――――セット」

「――――――告げる」

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

徐々に魔方陣を中心として魔力が満ちてくる。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

その瞬間、膨大な魔力が魔方陣より噴き出しそれとともに光が満ち溢れる。

(やった!!)

その手ごたえに凛は会心の笑みを見せる。

今までにない会心の出来に確信を持つ。

間違いなく自分はセイバーを引き当てた!!

しかし、その笑みは急速に萎んでいく。

光が収まった後魔方陣に現れる筈の肝心のサーヴァントは影も形も無かった。

「ち、ちょっと・・・どういうことよ?これ?」

唖然としていた凛だったが丁度上の階・・居間からとんでもない轟音が響き渡る。

「な、何よ一体今度は!!」

そう言いながら凛は階段を駆け上がる。







一方、桜もまた全ても準備が整いつつあった。

「はあ・・・時間も良いわね。もう直ぐね」

そう呟き不意に思い起こす。

幼い日の事を。

最初は姉が父と何かしているのがわからずただ純粋に羨ましかった。

そして父がそれに混ぜてくれた時純粋に嬉しかった。

後に父がいなくなると姉が師匠代わりになった。

厳しかったけど私生活では優しい頼りがいのある姉だった。

だからこの『聖杯戦争』自分は姉のサポートに徹しよう。

姉がこの戦争で勝者となる為に。

「えっと・・・私が先に召喚を行い一時間後姉さんが行う・・・時間もいいわ。よし」

桜は腕時計で確認を取り厳かに召喚を執り行う。

どんなサーヴァントが呼び出されるか皆目見当もつかないが、ぶっつけ本番で行うしかない。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

桜もまた姉に似た声で呪文を唱える。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

「―――――セット」

「――――――告げる」

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

徐々に魔方陣を中心として魔力が満ちてくる。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

その瞬間光が部屋を満ち、その中心より膨大な魔力を感じ取る。

(来たの?でも誰が?)

やがて光が収まり魔法陣の中に一人の女性を桜は認めた。

腰どころか足首にまで届きそうな同姓の桜ですら見とれてしまう紫の美しい髪、その豊満な肉体を露出度の高い黒のボディスーツに身を纏う。

しかし何よりも特筆すべきは顔の半分を覆ったマスク。

そのマスクからも膨大な魔力を感じ取れる。

「・・・問います」

そのサーヴァントは静かに良く通る声を発する。

「貴女が私のマスターですか?」

その声に桜は静かに左腕に現れた令呪を見せる。

「確かに確認しました。サーヴァントライダー、真名メドゥーサ。これから貴女をマスターとしてその身を守りましょう」

そう言ってライダーと名乗ったサーヴァントはにこりと笑う。

その笑みに呆けていた桜だったが直ぐに

「ええ、よろしくねライダー。私は遠坂桜。マスターとか言われるのは余り慣れていないの。だから別の呼び方で呼んでくれると嬉しいんだけど」

「そうですか、では・・・サクラと呼ばせて頂きます」

「ええ、それで良いわ。ライダーよろしくね。それとライダー、メドゥーサって・・・」

「はい私の真名ですが何か?」

ライダーは首を傾げる。

「じゃあ、その・・・ライダーの眼って・・・」

「石化の魔眼です。ですのでこれで常時封印しています」

そう言った瞬間真下から凄い轟音が響いた。

「な、なに?」

「!!」

唖然とする桜の傍らでライダーは素早く戦闘態勢を構える。

「どうしたの?ライダー?」

「敵です。下にサーヴァントを感じます」

「ええっ?」

そんな馬鹿な。

桜は思った。

それこそありえない。

だが不意に思い付いた。

可能性があるとすれば一つのみ。

「ライダーとにかく下に降りましょう」

「はい、サクラは後ろに隠れていてください」

「ううん、たぶん大丈夫だと思うから」

「???」

その言葉に首を傾げるライダーを従え、二人は階段を下りていった。







「何よこれ?」

ドアがひしゃげていた為、蹴り破って居間に入った凛の第一声はこれだった。

居間はめちゃくちゃ、全て半壊、挙句にはその中心には偉そうにふんぞり返った赤い外套を身にまとう白髪の男がいる。

(間違いない)

凛は確信した。

居間を完膚なきまでに破壊したのはこの男だと。

「・・・一応聞くけど貴方が私のサーヴァント?」

「・・・ふん、今回はずいぶんと荒いマスターに出会ったものだな。人をいきなり呼び出しておいて肝心のマスターは後からのこのこと現れる。更には第一声がそれか・・・どうも貧乏くじを引いたな」

「あんた、そう言った事は小声で言いなさいよ」

カチンとした表情をした凛は引きつった笑みを浮かべている。

そこに、

「姉さんどうしたんで・・・な、なんですか!!これ?」

桜がやって来て開口一番絶叫する。

後ろに女のサーヴァント・・・ライダーを従えながら。

「桜?あんたサーヴァントは?」

「私は呼び出せましたよ」

桜の言葉に凛は嫌な予感を覚える。

「ちなみに今の時間は?」

「午前一時ですよ・・・姉さんひょっとして・・・」

「言わないで・・・またやっちゃった・・・」

姉妹の話し合いでは桜は午前一時、凛はその一時間後の午前二時と、もっとも魔力の高ぶる時間帯にそれぞれ召喚を行う事が決まっていた。

用は凛が一時間早く桜と同時に召喚してしまったのだ。

「なんでここ一番大事な時にやる訳?」

遠坂家には遺伝的な呪いと疑いたくなる様な事がある。

それは大抵の事は完璧にこなせる癖して、ここ一番の大事な時に限って致命的な大ポカをやらかす事だった。

桜にもその傾向はあるがそれでも遺伝として薄いのか、十四・五分に注意すればどうにかなるものだった。

しかし、凛のそれは十分どころか二十分に注意してもどうにかなるものではなかった。

「ふむなるほどな」

そこに今まで黙っていた男が愉快そうに言う。

「早い話呼び出す時間を間違えたと言う事か・・・始めからこれでは先が思いやられる」

「ずいぶんと言いたい放題言ってくれるわね・・・」

青筋が浮かびかけた凛だったが次の言葉に表情を変えた。

「・・・だがマスターとしては一流の様だな。供給される魔力の量申し分ない」

「へ?あんた何急に百八十度発言を変えてるのよ?」

「私は召喚に対する不満を言っただけだ。君の実力まで否定する気は無い」

そう言っていやな笑みを浮かべている。

「それに君の事だ、これ以上口論を続ければ何を起こすかわからないからな」

図星を指された凛は悔しげに唇を噛み、それを実際に見ている桜は苦笑いするしかない。

「で、あんたは私をマスターと認めるの?認めないの?」

「実力としては申し分ない。改めて君をマスターとして認めよう。サーヴァントアーチャー、君のサーヴァントとしてこの聖杯戦争を戦い抜かせてもらおう」

「なんだ、セイバーじゃないの?」

「ぬ・・・悪かったなセイバーでなくて、だがそれを言うなら正規の召喚を・・・いや止めておこう。過ぎ去った事を言っても詮無い事だな」

「あんた言う事がいちいち腹立つわね」

「まあ、これが私の地だからな。これから先よろしく頼む」

「ええ、私は遠坂凛」

「そうか・・・では凛と呼ばせてもらう・・・ああそうだな・・・やはりこの響きは良い」

「ち、ちょっと!!あんた何言っているのよ!!」

「何とは率直な感想を言わせて貰ったのだがな」

「それよりもアーチャー、早速だけどあんたの真名、聞きたいんだけど」

「・・・凛、ここでは言えまい。後ろに・・・サーヴァントいるのだから・・・」

そう言うとアーチャーは表情を一変させて戦闘体勢を取る。

「・・・・・・」

それにライダーも何時でも飛びかかれる様に体勢を整える。

「まってライダー!!」

「ちょっと待った!!で、桜そっちのはあんたのサーヴァントなのね?」

それを遮ると桜に改めて確認を取る。

「はい、私が呼び出したライダーのサーヴァントです」

「そう・・・アーチャー、戦闘体勢を解いて。彼女とは敵対する気は無いわ」

「どう言う事だ?それにマスターと思われる女は何者だ?」

「妹の桜よ。とにかく今回の『聖杯戦争』では私と桜は手を組むから」

アーチャーは唖然とした表情を見せたがそれは手を組むと言う事にではなかった。

「妹だと・・・」

「そうよ。どうかしたの?」

「いや、愚姉賢妹と言う言葉を思い浮かべてしまってね・・・」

「あんた、とことん私に喧嘩売る気なのね・・・まあ良いわ。とりあえずアーチャー、再度聞くけどあんたの真名は??」

「その事だが・・・実は無茶な召喚の所為か記憶がやや混乱してしまっている。その為に今は思い出せないのだよ」

「えっ??ちょっと大丈夫なんでしょうね??」

「なんだ??私を疑うのかね??最強と呼ぶに相応しいマスターである君が呼んだサーヴァントなのだぞ。この程度の障害むしろ良いハンデとなるくらいだ。それに戦闘には何の支障も無い」

妙に自身に満ちた口調で断言するアーチャーに凛はやや呆れながらも

「そう言う言い方も出来るわね・・・わかった。真名は思い出したらまた教えて。それはそうと・・・アーチャー、マスターとしての最初の命令、この居間綺麗に復元しておいて」

「な、なに?凛・・・君はサーヴァントにそのような事をさせる気か?」

「私はあんたのマスターなんでしょ?そしてここは私の家、だったら散らかした場所はきちんと綺麗にしてよね。それとも聞けないのなら令呪使うわよ」

手の甲に現れた令呪を見せ付ける凛にアーチャーは苦々しい事この上ない表情で

「・・・了解した。地獄の底まで落ちろマスター」

ようやくこの言葉を搾り出した。

「さてと、桜ここはアーチャーが掃除してくれるようだから私達はもう寝ましょ」

「え、ですけど・・・」

「サクラ、ここはリンの言うとおり休むべきです。既に六体召喚されている以上『聖杯戦争』開戦は時間の問題です」

「もう六体も・・・」

「そうね・・・そうさせてもらうわねライダー」

「では私は霊体となって待機しておりますので何かありましたら呼んで下さい」

そう言うとライダーはその姿を消した。

そして姉妹は自室に帰ろうとしたとき不意に凛が

「それにしても桜」

「はい、姉さんどうかしましたか?」

「あんた私に恨みあるの?」

「?????」

不意に飛び出した凛の恨み言に桜は首を傾げる。

「なんであんたのサーヴァントまでスタイル良いのよ?」

「そ、それは・・・私に言われても・・・」

「わかっているわよ。八つ当たりって事位。でも納得出来ないだけよ」

「ですけど姉さんも、充分にスタイルいいと思いますが・・・そのスレンダーな感じで」

「恵まれている人に言われても嬉しくないっ!!・・・それはそうと桜・・・明日アーチャーとライダーを連れて衛宮君の家に行くわ」

「えっ?」

「あの二人に彼を見てもらうわ。魔術師かどうかに加えてサーヴァントがいるかどうかも」

「わかりました」







その頃・・・居間では手慣れた動きで次々と片付けていく中アーチャー・・・エミヤシロウは困惑していた。

「どう言う事だ・・・時間がずれている・・・」

そう・・・彼が体験した『聖杯戦争』は前回から十年後に行われた。

しかし、今は前回から十一年後、一年ずれている。

その上・・・

「妹だと・・・確かに桜は遠坂の妹だったが・・・あの時は間桐だった・・・養子の話は無かったのか?」

明らかに彼の知る『聖杯戦争』とは大きく変わりつつあった。

同じであるとすれば自分がやはり遠坂凛の手で召喚された事と、桜がライダー=メドゥーサのマスターに選ばれた事位。

しかし、彼は首を振ると

「だが、それでもこれは千載一遇の好機である事に替わりは無い。奴を・・・衛宮士郎を殺す事に・・・」

彼が守護者としてありとあらゆる地獄に送り込まれ夢も理想も磨り減り、砕け風化していく中、それでも残った希望、過去の自分を殺しその逆説をもって自分を消す。

それに変わりはなかった。







翌朝、早朝の衛宮家に続く道を凛と桜は並んで歩いていた。

(それにしても凛、わざわざ魔術師と思われる奴のテリトリーに足を踏み入れると言うのかね?)

霊体となったアーチャーが呆れ気味に尋ねる。

「しつこいわよアーチャー。衛宮君が魔術師かどうか?マスターかどうか?それの確認はしておかないといけない、だから行くって何度言えばわかるの?」

(アーチャー、リンの言うとおりです。『聖杯戦争』で勝ち抜く為にはありとあらゆる不安要素を取り除く。これは基本であるはずです)

同じく霊体となったライダーが凛に同調する。

(・・・まあその通りだがな・・・それはそうと凛、もしその男がマスターであった場合どうする気だ?)

「彼にこの戦争降りるように説得するわ」

「私も同じです。先輩と殺し合いなんてしたくありませんから」

(手ぬるい・・・)

アーチャーは言葉に出さずそう思った。

おそらく衛宮士郎は忠告を聞く事無く『聖杯戦争』に参戦する。

しかし、そうでなくては困る。

そうしなければ衛宮士郎は殺せない。

(おそらくあの時と同じく衛宮士郎はサーヴァント・・・セイバーを呼び出す。そして衛宮士郎は未熟極まりない魔術使いに過ぎない・・・奴を殺す事など容易い・・・そして奴を殺し私は消え、残された凛はセイバーと契約を結ぶ。何も問題は無い・・・)

しかし、衛宮家に到着すると同時にその目論見は大きく崩れる事になる・・・








夢を見る・・・

"僕はね・・・若い頃正義の味方に憧れていた・・・"

そんな事を言い出したのは俺が衛宮の性を貰ってから数年後、親父から魔術の手ほどきを受け初めて一年経とうというある満月の夜だった。

この頃の親父は殆ど家で過ごす毎日だった。

今にしてみればそれは自分の死期をある程度悟っていたのかもしれない。

俺がもう諦めたのか?と尋ねると、親父は穏やかに笑い

"うん。残念だけど正義の味方は期間限定でね。僕位の大人にはなれないんだよ"

そう言って寂しそうに笑う。

じゃあしょうがないなと俺は笑う。

"うんしょうがない"

だったらさ、俺が親父の夢を受け継いでやるよ。

だが、俺の言葉に親父はかすかに笑いながら首を横に振る。

"ありがとう士郎。でもね・・・正義の味方と言う夢は重く・・・険しいよ"

ふと首を傾げる。

どう言う事だよ爺さん?正義の味方ってただ悪を倒せば良いんじゃないのか??

俺の疑問に親父は笑顔のまま応じる。

"それはお話や子供が良く見る特撮番組にしか無いんだよ。正義と言う言葉は酷く虚ろでね・・・自分の信じる正義が他の皆は悪だと言うかもしれない。"

その言葉に俺は酷く反発した。

それじゃあ何か正義の味方って本当に言葉だけなのか?正義の味方って全員を助けて全員を幸せにするのが正義の味方なんだろ?

俺の反発にも親父は微かな・・・今にも消え入りそうな笑顔を崩さなかった。

"それも現実とは違う。自分の味方したものしか正義の味方は助けない・・・いや、助ける事は出来ない。"

その言葉にも俺は反発した。

そんな事は無いだろう!!助けられない人も助けてくれたじゃないか!!

そう・・・あの時の俺の様に・・・

"あれも偶然だった・・・現に助けられたのは君だけだった。残りの人はどうなった??"

その言葉に俺は口ごもる。

そう・・・俺はあの時数多くの人の助けの声を無視した。

ただ自分一人が生き延びる為だけに。

同じ境遇の孤児達は皆教会の孤児院に行きそれ以降一度も会っていない。

"それでも目指すのかい??士郎・・・苦しく険しい・・・矛盾だらけの理想を"

暫く迷った。

しかし、それでももちろんだと俺は肯く。

爺さんの言う正義の味方を超えて全てを救う本当の正義の味方を目指すよと・・・

例え矛盾だらけでも苦しく険しい道のりであったとしても俺は親父の正義の味方論を否定する為に。

"そうか・・・安心したよ・・・士郎・・・すまない・・・"

そう言って親父は静かに眼を閉じて・・・もう二度と眼を覚まさなかった。

これが今から八年前の出来事・・・

ここから俺は親父の跡を継ぐためにただひたすら・・・がむしゃらに突き進んでいったんだ・・・

でもそれは僅か一年で終わる・・・

なぜなら・・・







「ふああああ・・・やっぱりここで眠っちまうな・・・」

俺は苦笑して立ち上がる。

そしていつもの様にグローブをはめようとして気が付いた。

今まで火傷の痕に紛れていて気付かなかったが妙な痣が浮かび上がっている。

「なんだ?これは・・・もしや・・・」

不意に嫌な予感に囚われる。

『聖杯戦争』においてマスターの証である令呪・・・その前兆と言える聖痕・・・

「そうなると俺も?・・・ともかくこいつだけは知られないようにしておかないとな・・・」

俺はいつもより力を入れてグローブを手にはめる。

まだ凛も桜も来ていない。

「今の内に朝飯を用意するか」

気合を入れて台所に立つ。

「昨日は和食だったから・・・今日は洋風で行くか・・・えっとスクランブルエッグに・・・コーンスープ・・・」

そう言っていると、

「おはようございます先輩」

「ああ、おはよう桜」

「おはよう衛宮君」

「ああ、おはよう・・・って!!凛、どうしたんだ?こんなに朝早く」

「あら?衛宮君私が桜と一緒に来るのがそんなに以外?」

桜と一緒に現れた凛に思わず俺は素っ頓狂な声を出す。

そんな俺に当然ながら凛は不愉快そうな顔を見せる。

「いや、珍しいなと思ったんだよ。いつもはぎりぎりにようやく飛び込んでくるお前が。こりゃ今日は嵐かな?」

へえ・・・・ずいぶんと面白い事言うのね?衛宮君?

やばい、凛の笑顔が危険なものになってきた。

「さて、朝食にするか?もう準備は出来ているから」

すかさず、すっとぼけて、テーブルに次々と朝食を配置する。

ちっ・・逃げたか・・・

背後から聞こえる凛の言葉をしきりに無視して。

てきぱきと準備を進めていくとやがて駆け込んできた虎・・・もとい、藤ねえが開口一番

「士郎―!!ご飯ご飯!!」

「ああ、判った判った。せっつくな」







(・・・なんだ?これは一体・・・)

アーチャーが士郎を見た第一印象はこれだった。

確かに衛宮士郎の魔力は微々足るもの、凛や桜の足元にすら及ぶ事は無い。

以前と同じであった・・・表面上は・・・

(ライダー、感じるか?)

(はい・・・少々異常と言う他無いですね)

二人のサーヴァントは今眼の前で自分達のマスターと食事をしているこの男の評価を『取るに足らない未熟者』から『底が知れない要注意人物』に引き上げた。

表面上は殆ど魔力など感じない。

しかし、彼が身につけている黒のグローブと銀のブレスレット、そこから巧妙に隠蔽された強力な魔力を感じ取った。

サーヴァントである彼らですら注意深く観察しなければ判らないほど巧妙に隠された上、その魔力の量も計り知れない。

(これではリンやサクラが感じ取れないのも無理はありません。あの二つは相当の魔力封じの代物です。グローブで魔力の放出を最小限に押さえ込み、ブレスレットが更に余剰の魔力を吸収する。今の状態ですれ違ってもまず魔術師だとは判明しないでしょう。リンやサクラクラスの魔術師が至近でよほど注意深く観察しなければ察知するのは不可能。おまけに魔力の量・質共に彼は一級品です。もし、全ての力を解放すればもしかしたらリンとサクラを凌駕するかもしれません。今の所マスターでは無さそうですが・・・)

(ああ・・・まったくだな・・・それにしてもこいつは一体・・・)

ライダーの感想にアーチャーも苦々しく同意する。

これは異常と言う他無い。

歴史自体が大きくずれている。

(それで、ライダー、君はこの事をマスターに話すのかね?)

(無論です。彼の人間性には信頼が置けますが魔力を隠蔽した魔術師であるとすれば話は別です)

きっぱりと肯くライダーだった。

そんな彼らの念話を他所に士郎達は食事を続けていた。







食事も全員終わる頃そのニュースが流れてきた。

『昨夜未明、新都・・・・・に起きましてガス漏れ事故が発生いたしました。この事故で中にいました・・・』

「またガス漏れ事故か」

ここ数日新都・深山関係なく頻発している。

今の所爆発や深刻な症状に陥った人はいないが件数が件数だけに不安が広がっている。

「物騒よね。士郎学校に行く前に」

「元栓チェックだろ?注意するさ」

「気をつけてよね。ガス漏れも怖いけど引火して爆発って言うのが一番怖いし」

「ああ」

珍しく藤ねえが教育者らしい事を言ったなと思っていると、

「ここが無くなったら士郎の美味しいご飯食べられなくなるし」

所詮駄目虎は駄目虎だった。







「うそ・・・」

「そんな・・・」

朝食も食べ終わり凛と桜は登校の最中アーチャーとライダーの話を呆然として聞き終わった。

(間違い無い。あの男は強大な魔力を魔力封じで押さえ込んでいる)

(彼の魔力に底を感じられません。全魔力を解放した上に彼の魔術如何では、リンとサクラに勝ち目があるとは思えません。サクラ、彼の・・・衛宮士郎の殺害ないし洗脳の許可を願います)

(この件に対しては私もライダーに同意する。あの男が並の魔術師であれば待てたが、あれだけの魔力保有者にサーヴァントを持たせれば・・・更にそれ相応の野心を持っていれば・・・)

その言葉を凛が遮る。

(待って・・・今日彼と話すわ。そして、マスターに仮に選ばれても直ぐに放棄する様に説得する。その上で彼が聞き入れない時は・・・その時に許可する。それで良いでしょ?)

(手ぬるいのだがな・・・まあ良いだろう。マスターの指示に従う)

(ライダー、私からも先輩を説得するからそれまで待って)

(判りました。そこまで言うのでしたら私もそこまで待ちます)

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